トップページ本館反対派の精神構造と思考構造

反対派の精神構造と思考構造
選択別姓導入にコストがかかる?

別姓導入のコスト?

反対論者の中には、選択別姓を導入したときの
「費用対効果」を主張することがあります。
反対論者に言わせると、「別姓を望む人はすくない」のに、
制度導入の周知や、新しいシステムの導入のために、
「甚大なコストがかかる」というのです。

夫婦別姓なんて、マスコミが取り上げれば、
いたるところで話題になりますし、本当に民法改正されれば、
これが大ニュースにならないはずないでしょう。
制度導入の周知がむずかしいとは思えません。


導入時のコストに関しては、住民票を電算化するなど、
選択別姓の導入を見越した、新しいシステムの準備もなされています。
コストをかけずに移行する準備は進められていると言えます。
選択別姓は、ヨーロッパの民主主義国の多くで
実現していますが、制度の導入によって
甚大なコストがかかったというお話はありません。

反対論者は「国民の税金を使う」と言うこともあります。
ところが民法改正は、予算をともなわない法案です。
選択別姓に反対する理由として、財源を根拠にするのは、
お門違いということになります。

そもそも選択別姓以外にも、「システムの改変」はいくらでもあります。
専用回線まで用意した住基ネットの導入なんて、
相当にコストがかかっていることでしょう。
ところが、選択別姓以外の「システムの改変」に対して、
「コストがかかる」ことは、なぜか問題にならないようです。

また、たとえば、戸籍を廃止して住基ネットに一本化すれば、
身分登録の重複が防げて、コストが削減されます。
(移行時のコストはありますが、中長期的には削減される。)
対費用効果がそんなに大事なら、反対論者は、
このようなコスト削減にはきっと賛成かと思いきや、
なぜか興味がぜんぜんないみたいです。


反対論者は、選択別姓の導入には「コストがかかる」と
単に言うだけで、どんなことにどのくらい
お金がかかるのか、数字を挙げることがないようです。
「コストがかかる」と主張するなら、数字を出した上で、
具体的かつ定量的な議論をしてしかるべきでしょう。

それどころか反対論者は、「新しい制度を導入する側が、
コストのかかるところを示す責任がある」などと言うことがあります。
選択別姓の議論は、蓄積が多いのですから、
そんなコストがあるなら、とっくに検討されているでしょう。

それでも、選択別姓の導入に「コストがかかる」と言うなら、
どこにどんなコストがかかるのかは、反対論者がしめすことです。
存在を主張する側に立証責任がある、ということです。


また、選択別姓の導入で、軽減されるコストもあります。
結婚改姓すれば、それにともなうさまざまな手続きが必要になります。
その手続きを受け付ける、役所などの仕事もあります。

結婚改姓にともなう手続きの金銭的なコストは、
つぎのエントリに挙げられています。
ここにある手数料は、申請者が負担するものですが、
かなりの額になることがわかります。

「結婚改姓(氏)のコスト」

結婚改姓しないですむようになれば、
これらのコストはあきらかに削減されます。
「費用対効果」がだいじだというのなら、選択別姓の導入による
コスト軽減も顧慮する必要があるはずです。
ところが反対論者は、なぜかこれを問題にしないようです。


反対論者というのは、コストだの対費用効果だのと、
経営論的なことを言えば、気が利いていてクレバーだ、
とでも思っているだけなのかもしれないです。
それで、なにか説得力があるような気がして、
推進派は反論できなくなるとでも、思っているのかもしれないです。

それゆえ、選択別姓導入で、どこにいくらかかるのか、
具体的に数字を挙げることもできず、
ほかのことの対費用効果にはすこしも興味がないのに、
選択別姓導入のときだけ、呪文のように
「コストがかかる」と言うのだろうと思います。

「反対派の精神構造と思考構造」にもどる
「本館」にもどる
トップにもどる


inserted by FC2 system