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民法改正運動の展開 - 2002年前半(1)
たんぽぽ排除される
正体を現わした市民活動家たち

この議論のログ:その1 その2 その3 その4

インターネットの、選択別姓の市民団体の人たちは、
「反対派の価値観を尊重している」と思われることに都合が悪いと、
卑怯な手を使ってでも、取り繕おうとすることがあります。

市民団体の人たちが集まって、意見交換している掲示板で、
「北野」と名乗る反対派が入って、いっしょに会話していました。
(筋金入りの反対派、「別姓反対者(しばてん)」とは、別人と思います。)

ものわかりのよさげな態度なので、議論は成り立っています。
しかし、内心では、女性の社会進出に反発していて、
「女は、女らしく家庭に入るべき」というのを、
なんとかして、正当化しようと考えているのでしょう。
なんでも、ご自分の母親が働きに出ていたことが、不満だったらしく、
それで、女は専業主婦であれと、思っているのかもしれないです。


もともとは、専業主婦の女性からの投稿が発端で、
「専業主婦も年金を払えというのはおかしい」という、
年金制度についての議論だったのでした。(01月 07日 03時 33分)
そこへ、横レスで「北野」が、「専業主婦は偉い」といった価値観論を、
やりだしたことから、ことは始まります。(01月 09日 11時 29分)

わたしは、「北野」のおっしゃることがわからないと、茶々入れしてみました。
2回ほどのレスで、「北野」は、「子どもと接する時間が長いほうが、
子育てに有利だから、専業主婦のほうがよい」、という意味のことを、
言ってしまったのです。(01月 12日 22時 15分)

ほかの参加者たちは、当然のごとく、これに反発してきました。
「長時間残業してる奴の方が偉い、という説教のようだ」
「専業主婦、兼業主婦、どっちが子育てがうまいかなんて不毛」
「長時間の密室育児によるストレスのほうが深刻だ」
といった意見が、返ってきました。(01月 12日 23時 02分)
(01月 13日 00時 00分)(01月 13日 01時 43分)

自分に批判が集中した「北野」は、「軽い気持ち」だと言いましたよ。
論戦に応じるだけの知識なんて、もともとないのでしょう。
反論できなくなったら、ごまかすつもりでいて、そうしたのだと思います。
|専業主婦子育て有利説がそんなに気に障りましたか?
|まあ私はそんな軽い気持ちで書いただけですから(01月 13日 08時 44分)

この自己弁護は、かえって参加者の気持ちを、逆なでしてしまいます。
|はい、障りました。
|特に北野さんが軽い気持ちで書いているのがわかっただけに
|余計読み流しできなかったのですよ。(1月 13日 12時 55分)

それでも、「北野」は、なんとかして言い繕うとしますが、
「北野」が、示されたデータを無視して、持論にこだわったこともあって、
それがさらなる反発を買ってしまいます。
あれよあれよとヒートアップして、止まらなくなってしまいました。
|「だいたい専業主婦の方が子供に接する時間が物理的に多い」
|ーなんて自明なことを何故わざわざ書き込まれるのでしょうか?
|私は北野さんが「専業主婦のほうが子育てに有利」ということを
|ことさらに強調したいーという意図を感じてしまいました。
(01月 14日 17時 19分)

この掲示板では、反対論者がおかしなことを言っても、
「多様なカチカンの尊重」の美名のもと、やさしく擁護されて、
自由に反論できない状況が、長いこと続いていました。
いつものようにいけば、今回も、まわりのだれかが弁護して、
「まあいいでしょう」という雰囲気になるところでした。

今度にかぎっては、話題が悪かったのもあったのでしょう。
(そうじゃなくて、たんぽぽの茶々入れが、うまく失言を誘ったんだって?)
反対論者が、このくらい激しく集中放火を浴びるのは、
絶えてこのかたひさしいことでした。


都合が悪くなると、「自分の意見を言ったにすぎない」と、
言いわけすることで、「反対派のカチカンを尊重しましょうね」と、
みんなからかばわれて、批判追求からのがれようとする、
「北野」の意図は、わたしには見え透いていました。

しかも、「私とたんぽぽさんの意見交換の中で急に出ただけ」なんて、
(01月 15日 18時 59分)、わたしのせいで、一連の発言を言わされたような
もの言いをしてきたので、抗議をこめて、批判をしておきましたよ。
========
ご自分は、批判も反論もされない安全なところからしか
意見を言いたくない、という姿勢は結構あると思いました。
========(01月 16日 20時 39分)
それから、あなたは、これは自分の意見にすぎないと、
つねづね断わっていながらも、ご自分の説になかなか自信がおありですよね?
ここまでくると、「自分の意見を言っただけ」などという、
ナイーブなものであるとは、わたしには、とても思えませんでした。
========(01月 16日 20時 42分)

ところで、「北野」はどうして、「子どもと接する時間が長いほうが、
子育てに有利」という考えを、執拗に主張し続けたと思いますか?
これは、(01月 12日 22時 15分)の投稿の最後が、ヒントのようです。
========
私は手塚漫画はいいさんの仰る母性の重要さはなかなか頷けるものが
ありましたね。うむ。
========

この「母性」は、「手塚漫画はいい」の、つぎの投稿から考えて、
生物として不変である「本能」だと言いたいのでしょう。
========
母性愛とはたとえばおっぱいでもある時期になれば
子供が泣いてもビシッと断乳する、
つまり子供に「愛のムチ」をするということも含んでます。
========(01月 08日 19時 13分)
子供は一年近くお母さんのおなかの中で過ごします。手塚先生は医者だから
そうした母子関係の大切さがよくわかってるんでしょう。
========(01月 07日 16時 50分)

おそらく「北野」は、子どもが母親と接することで、
「母性」なるものが伝わるから、健全に育つのだと、
信じていると思われます。(どうやって伝わる? 超自然的だ...)
「母性本能」なる、科学的事実があるから、
子どもと長く接する専業主婦こそ、母親のありかたとして、
生物学的にかなっている、という思い込みだと思われます。


「北野」が考える意味での「母性」は、本能でもなんでもなく、
環境や社会的要求によって、簡単に壊れたり作られたりするものです。
そんな疑似科学理論を使って、「こうするのが有利」などと、
他人の生きかたに干渉するなど、もってのほかです。

そこで、ほかのかたの投稿に乗っかって、ごまかして逃げようとする
「北野」をつかまえて(01月 17日 00時 41分)、わたしは、追求を続けました。
========
北野さまは、どうも、母親が直接子どもと接することに、
他の人からは得られない、特別な効果があると見ているように、
思われるのですが...
母親が子どもと触れあうことで、「母性」を受けられる、
だから、母親が接している時間が長いほうが、子どもの人格形成に望ましい、
「母性」は科学的に正しい、のような認識がある...
========(01月 17日 11時 29分)

今度は、市民団体の代表世話人が出て来て、
すかさずフォローを入れてきました。(01月 17日 12時 46分)
「北野」の言っていたことは、カチカンや好みのことであって、
疑似科学的な内容ではないのだそうです。

「北野」は、これを見て、わたしの投稿に対しては、
「私の心理の内面へ向けた推理もなかなか面白い。」
「熱心な『北野語録研究』お疲れ様でした。」
などと言ってきました。(01月 17日 20時 56分)
その場しのぎの言いわけが、いままで通用してきたのもあるのでしょう、
わたしに、ログを押えられたので、うろたえてきたようです。


このようすに、不穏を感じたのでしょうか?
ほかの参加者も、つぎつぎと「北野」をかばい出しました。
「心象」だとか「感情」だとか、「信仰もしくは憧れ」とか、
言って来ましたよ。(01月 17日 23時 13分)(01月 18日 09時 41分)
(01月 18日 09時 51分)(01月 18日 11時 22分)(01月 18日 12時 10分)

反対論者が、「とんでも」なことを言って、
それを批判されることは、この市民団体の人たちには、
「反対派のカチカンの否定」と思われて、不寛容に見えるのでしょう。
どうやら、わたしは、彼女たちの「タブー」に触れたようです。
(だからって、わたしは、遠慮するつもりはないですが。)

「北野はそんなこと言ってない」と、4人にまで言われて、
わたしは、孤立してしまったのですが、絶体絶命なのでしょうか?
よく見ると3人は、反論のしようがなかったのか、あとのひとりの意見に
便乗しているだけで、じつは自分の意見がないことがわかります。
アドバンテージは自分にあるなと、わたしは自信を持ちました。

つぎはどうするかですが、「北野」が出て来て、
なにか言わせてからのほうが、おもしろそうなので待つことにしました。
今度もまた、他人のフォローに乗っかって、追求逃れのために、
「じつはそうなんです」と、しゃあしゃあと言うことが予想されます。

そうしたら、なんと、本当にそうしてくれました。(笑)
|お、私の気持ちをよくわかってらっしゃる(^_^)。 そうですよ、ハイ。
|>(「母性」という「とんでも」)
|の一節、実は私、意味がよくわからなかったのですよ。(^_^;)
|もしよろしければご説明お願いできませんか?(01月 18日 22時 52分)

「うそをついちゃだめですよ」という非難もこめて、
「じゃあ、ご説明いたします」と、準備していた文章を、
わたしは、すかさず投稿しましたよ。
「『北野』の言う意味での母性本能は、実在しない」と、
「実際に『北野』が、それを言った」が、ここで立証したいことです。

前者は、「母性本能」について調べて、それを解説すればいいでしょう。
『母性という神話』と『<非婚>のすすめ』から、フランスと日本で、
国策で「母性」が操作された事例を、紹介しておきました。
(01月 18日 22時 59分)(01月 18日 23時 03分)
後者は、過去ログを調べて、証拠を押さえることになります。
前のセクションで書いたことを、お話すればいいでしょう。
(01月 18日 23時 04分)


こんどは、市民団体の人たちも、弁護できないと思ったのでしょう。
みんな、ぱったりとだまりこんでしまいました。
(ひとり、メンバーの中で厚かましいのだけが、反証を試みていましたが。)

その「北野」は、「脱帽」なんて言っていますが、
おそらくは、心にもないことだと思います。(01月 19日 07時 49分)
内心では、怒り心頭か、顔面蒼白のどちらかでしょう。
便乗するフォローもないことだし、まわりを気遣っていることにして、
「この場にそぐわないものだったと自覚してます」と言って、
「もうこの場でクドクド説明はしません」と、逃げを打ちはじめました。

わたしは、もちろん、逃がすつもりはぜんぜんないですよ。
|「クドクド」でなくていいですよ。
|数行で簡潔に説明していただけたら、と思います。(01月 20日 01時 26分)

このままだまって、うやむやのうちに過ごそうと、思っていたのでしょうが、
わたしが、さらなる追求をしてきたので、市民団体の人たちは、
ふたたび「北野」をかばうために、わたしを攻撃してきました。
(01月 20日 09時 54分)(01月 20日 16時 22分)

「母性本能が存在しないかどうかは、科学的に決まっていない」
「疑似科学だったとして、それを信じて悪いことがあるのか?」
「たんぽぽは、信じたい人のカチカンを否定するのか?」と、
言いたいようですが、都合が悪くなったときの、典型的な反応ですね。

いかなる意味でも、母性本能が存在しないのかは、わたしにもわからないです。
しかし、「北野」の意味での「母性」が、本能でないのはたしかでしょう。
また、かかる疑似科学理論を信じて、どういう危険があるかは、
すこし前に「北野」が、集中放火を浴びた理由から、あきらかですが、
市民活動家たちは、都合よく忘れてしまったようです。

それに、わたしの言っていることは、「北野の言うことは、
こういう根拠で誤りですが、いかがお考えでしょう?」です。
これがどうして、「カチカンの否定」なのか、まったくわからないです。


ふだんはロムをしているだけの人たちも、
「北野」をかばうべく、加勢してきました。
「論理的に相手を論破してもなんとなく虚しい」と、
議論そのものを否定しにかかったり(01月 20日 22時 45分)、
「みなさまがどこまでを指すのか明確ない」と(01月 21日 00時 11分)、
「複数形の範囲」を楯に取って、わたしの揚げ足を取ってくれましたよ。
これらも、都合の悪い議論のつぶしかたとしては、典型的でしょう。

常連参加者たちのやりかたも、いよいよ卑怯になってきました。
メンバーの中で、いちばん厚かましいのが、長ったらしい投稿で、
わたしに議論を吹っかけてきています。(01月 21日 01時 43分)

都合が悪くなると、枝葉末端に議論をしかけて撹乱して、
議論を破壊しようとするのは、この御仁の「おはこ」です。
そんな挑発に乗ったら、たいへんなことになると思ったので、
わたしは、「テンションが高いですよ」と言って、
相手にならずに流すことにしました。(01月 21日 13時 41分)

さらには、「北野さんを含めて、母性を本能だと
主張する人はここにはいなかった」(01月 21日 14時 42分)などと、
わたしが、(01月 18日 23時 04分)で、お話したことを、
まったく見なかったかのようなことを言う、すごい人も出てきました。
また、都合が悪くなると逃げてばかりいる、「北野」のことを、
「誠実に受け答えしている北野さんに、なんとなく好感持ってます」などと、
「たいこ持ち」するやからまで、現われました。(01月 21日 15時 39分)

あまりに卑怯な代表世話人
やはり、いちばん卑怯なのは、代表世話人のかたでした。
こともあろうに、わたしの主張を、ねじまげてきたのです(!)。
しかも、わたしの、(01月 17日 11時 29分)の投稿の出だしを引用して、
いかにも、「ログを見てみたら、そう書いてあったよ」と言わんばかりです。

|字面を読み直す限り、当初のあなたの意図は「北野さんは、
|本当は働く母親より専業主婦の方が素晴らしいと思っているようだ」
|ということを表明することであり、決して、
|>「注意すべきなのは『異なった意見』ではなく、
|>『明確に誤っている科学上の議論』なのである。」
|を主張されたわけではないと思いますが。(01月 21日 15時 51分)

わたしは、「北野」が、科学的に誤まったことを、
言い続けてきたことを、一貫して追求してきたのであって、
彼のカチカンがどうだったかを、問題にしているのではないです。
ほかの人たちこそ、カチカンの問題だと言うから、
「本当にそうでしょうか...? わたしには、そうとも言い切れない
フシがあると思いましたが...」と疑問を呈したのでした。
引用された出だしだけでも、おかしいことがわかります。

代表世話人のかたは、正攻法ではいくらやっても、
わたしに反論されると、業を煮やしたのかもしれないです。
それでわたしが、言っていないことを、言ったことにでもしないと、
自分たちの正当化ができないと、思ったにちがいありません。


代表世話人のかたの、執拗なまでの論点のすりかえは、
「たんぽぽは、反対派のカチカンを尊重できない」ということにして、
みんなの批判を集めたいからに、ほかならないです。
この掲示板に集まる人たちは、「多様なカチカンの尊重」という
お題目が出てくると思考停止して、安直に「批判的=不寛容」と、
決めてしまう人たちが多いので、これはとても効果があることになります。

代表世話人の投稿には、人はだれでも表現の自由があるとか、
反対意見の尊重が大事だ、と言った主旨のことが、くどいくらい出てきます。
そして、「価値観の異なる相手に対する北野さんの姿勢については、
深く共感しています。そして、あなたに対しては、この逆だというわけです。」
などと書いて、「寛容な北野さんと、不寛容なたんぽぽさん」を、
みんなに印象づけていました。(01月 21日 16時 03分)

あまりに卑怯な掲示板管理者
わたしは、代表世話人の投稿(01月 21日 15時 51分)の、
卑劣な引用のしかたを見て、ものすごいショックを受けましたよ。
(それが、あとのレスにもまともに出ている。)
まさか、こんなことをされるとは、夢にも思わなかったからです。

集中放火を浴び続けていて、余力はほとんど残っていなかったのですが、
それでも、わたしは、最後の力をふりしぼって、訂正をしました。
|たんぽぽが、最初から「母性本能はとんでも」という、
|考えでいたことは明らかであり、
|「『異なった意見』ではなく、『明確に誤っている科学上の議論』」の
|主張でもあったことは、確実です。(01月 22日 02時 52分)

それから、わたしは、思いきって、代表世話人の卑劣行為を、
掲示板管理者に訴えましたよ。(乗るか反るか、最後の賭けですね。)
|管理者さま
|TORIさまのくだんの発言 2002年 01月 21日 15時 51分 06秒 は、
|「イエローカード」だと思うのですが、いかがでしょうか...?
(01月 22日 12時 41分)


すぐあとに、管理者(妻)が、出てきたのですが、
なんと、わたしのことを、にべもなく一蹴してくれましたよ(!)。
代表世話人のなにが悪いのか、わからないと言わんばかりです。
|TORIさんの件の書き込みがイエローカードとは思いませんでした。
|その後たんぽぽさんも何度か書き込みしているのに、
|何で今更という感じも正直なところ受けました。(01月 22日 13時 27分)

「何で今更」などと言いますが、いくら、わたしが訂正しても、
しつこくねじ曲げようとするから、ついにたまりかねたにほかならないです。
管理者(妻)が、出てきたのはとても早く、わたしの発言の、
約1時間半後ですが、おそらく、横レスがついて混乱しないうちに、
いそいで代表世話人を擁護しなければと、思ったのでしょう。

婚外子差別撤廃を、民法改正から切り離すことに、
反対したかたを、排除することに積極的だったであろう、
管理者(妻)ですから、代表世話人の卑劣行為の擁護こそすれ、
わたしの訴えを聞き入れるはずもないと、いまならとてもよくわかります。

しかしこのときは、まだそんなことは、まったく知らなかったので、
わたしは、みごとに自殺行為に走ってしまったのです。
これで、すっかり力つきはてた、わたしは、彼女たちの前に、
降伏するしかありませんでした。(01月 22日 13時 34分)

偽善者たちの吹きだまり
これに、なおもしつこく、追い討ちがかかりました。
管理者(妻)の、醜悪きわまりない、代表世話人擁護を、
「宮下さんがうまく治めてくださって、ほっとしているcomiです」
などと、もちあげてくれる人が、出てきたのです。(01月 22日 14時 17分)
これは、(01月 21日 15時 39分)の「たいこ持ち」のかたです。
さすがは、うそつきを「誠実」と、言いくるめるだけのことはあります。

どうやら、選択別姓の市民団体の人たちの集まる、この掲示板は、
自分たちにとって、都合の悪い人を叩きつぶすためなら、
参加者が一枚岩となる、「偽善者たちの吹きだまり」だったようです。
とてつもなく醜悪なものを見ていると、わたしは強烈に思いましたよ。

そのくせ、「人は誰も自説を有し、かつそれを表明する権利を持つ」とか、
「その人が自説を表明した行為が否定されるべきではない」とか、
そんなことを、おたがい言い合って、ご満悦そうにしているのです。

わたしは、とうぜんこう思いましたよ。
「おまえたちに、そんなことを言う資格はない!」
そして、「ここは、わたしのいる場所ではないな...」とも...


深い失望をいだいて去ってゆく、わたしに対して、
「改めて読解力とか言語感覚のズレについて実感いたしました」などと、
代表世話人は、吐きかけていました。(01月 23日 09時 17分)
このときは、かろうじて危機を脱したと、きっと安心したのでしょう。

また、掲示板の管理者夫妻に、わたしは、メールで最後のあいさつをしました。
(掲示板で、わたしが受けた惨劇には触れない、好意的なものとした。)
管理者夫妻からの返事も、「また来てくださいね」と、
好意的でしたが、これもおそらく社交辞令でしょう。
内心では、「これでたんぽぽは二度と来るまい」あるいは、
「もう一度来たとしても、われわれに逆らわないだろう」とでも、
思ったのでしょう、いわば「勝利宣言」だと思います。

たんぽぽ排除される
わたしは、とても深く傷付きましたよ。
まことにおはずかしいのですが、泣きじゃくりましたよ。
このときは、この市民団体の人たちの本性を知らなくて、
正当な根拠にもとづいた、実証的な議論を重んじると、
彼女たちの普段の言いぶんを、不覚にもまじめに信じていたからです。

それを信じて、誠実な議論をこころがければ、
受け入れられるのだと思っていた、わたしは、裏切られました。
「誠実とはとてもさびしいことば」とは、よく言ったものです。

「北野」は、自分で何度も言っているように、
「男は男らしく」を、モットーとしています。
こんな汚いやりかたで、自分の主張を正当化したり、うそをついたり、
前に言ったことをごまかしたり、大勢でよってたかって、
わたしを泣かしたりすることが、「男らしい」のでしょうか?
そうだというなら、「めめしくて素敵!」とだけ、コメントしておきます。

また、これを見ていた反対論者は、一連のことで、
おおいに励まされ、自信を持ったにちがいありません。
いざとなったら推進派一同、えげつないやりかたをしてでも、
反対派の保身のために、かばってくれるからです。
管理者ぐるみ、参加者総出というのは、とても心強いことでしょう。


ところが、これですべてではなく、まだだめ押しがあったのです。
「氏名の会」の代表世話人は、わたしを、会から無断で排除(!)したのです。
会のメーリングリストに登録されている、わたしのアドレスが抹殺されましたよ。
1週間以上メールが途絶えたので、気がつきました。

反対派に対して、ここまで正々堂々と批判を続ける人がいると、
「反対派のカチカンを尊重している」と思われるのに、
とても都合が悪いから排除したという、偽善的で卑怯もはなはだしい
理由であることは、想像にまったく難くありません。

こんりんざい関わらないと思ったのですが、すぐさま考え直して、
彼女たちを相手に、わたしは闘う決心をしました。
ここで、わたしが泣き寝入りしたら、「都合の悪い人は、
卑劣な手段で打ち負かして、心を傷つけてしまえばいい」と、
人間性が非常に欠如した、卑劣きわまりない、偽善のかたまりである
「別姓を望む人たち」に、自信を持たせることになりかねないからです。

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