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アインシュタインの予言

アインシュタインの予言

「アインシュタインの予言」というものを、ご存知でしょうか?
わたしも、ぜんぜん知らなかったのですが、
物理学者のアルベルト・アインシュタインが、日本の天皇制を
礼讃している(!)という文書で、全文はつぎのようだとされています。

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近代日本の発展ほど世界を驚かせたものはない。
一系の天皇を戴いていることが今日の日本をあらしめたのである。
私はこのような尊い国が世界に一ヶ所ぐらい
なくてはならないと考えていた。

世界の未来は進むだけ進み、その間幾度か争いは繰り返されて、
最後の戦いに疲れる時が来る。
その時人類は、まことの平和を求めて、
世界的な盟主をあがなければならない。
この世界の盟主なるものは、武力や金力ではなく、
あらゆる国の歴史を抜きこえた最も古くて
また尊い家柄でなくてはならぬ。

世界の文化はアジアに始まって、アジアに帰る。
それにはアジアの高峰、日本に立ち戻らねばならない。
われわれは神に感謝する。
われわれに日本という尊い国をつくっておいてくれたことを 

http://www.aiweb.or.jp/en-naka/column-5/column.htm

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もちろん、アインシュタインが、本当にこんなことを言うはずもなく、
これは「にせもの」の文書に、ほかならないです。
いくら日本が気に入っていたとはいえ、平和主義でリベラルな政治感覚の、
アインシュタインが、君主制を礼讃したり、特定国の覇権主義を
賛美したりしないであろうことは、すぐに想像がつくと思います。

「アインシュタインの予言」については、中澤英雄氏という、
ドイツ文学の研究者が、ていねいに検証しています。
出典がはっきりしないことや、アインシュタインの政治思想と
あきらかに矛盾することから、アインシュタインのものでないとしています。

『萬晩報』のコラムに、中澤英雄氏の考察が載せられているので、
くわしいことは、こちらを参照されるとよいでしょう。
http://www.yorozubp.com/0502/050228.htm
http://www.yorozubp.com/0506/050626.htm
http://www.yorozubp.com/0511/051109.htm

この「予言」を、日本に「紹介」したのは、
国体思想家の、田中智学氏という人物です。
彼はこれを、ローレンツ・フォン・シュタインという、
ドイツの法学者のものだとしています。
シュタイン氏というドイツ人は、日本の明治憲法の起草にも、
影響を与えていますから、君主制や覇権主義の賞賛はしていそうです。

ところが、田中智学が参照したと思われる、シュタイン氏の
講義録などを見ても、あてはまる文章は見当たらないそうです。
実際、「世界の文化はアジアに始まって...」のように、
ドイツ人のシュタインが、言うはずもない文章が入っています。
したがって、この「予言」は、田中智学氏による
まったくの創作というのが、本当のところのようです。


戦前の日本人は、欧米コンプレックスがとくに強く、
日本がなんのとりえもない小国と、思いたくない気持ちがありました。
「源義経=チンギス・ハン説」や「日ユ同祖論」などの疑似歴史も、
日本民族が偉大だと思いたくて、唱えられてきた一面もあります。

田中智学氏の「予言」には、日本が世界の盟主になるという、
考えがありますが、これもそうした欧米コンプレックスと言えるでしょう。
さらにはそれを、シュタインのような、ヨーロッパ人に
語らせるというところにも、コンプレックスが現れていると思います。

そのあとは、あちこちに伝えられ、孫引きされるうちに、
あまり有名でない「シュタイン」が、いつのまにか、
よく知られた、「アインシュタイン」になったのだろうと思います。
「アインシュタインの予言」は、都市伝説の一種とも言えるでしょう。

第二次世界大戦の未曾有の敗北で、自信をなくした日本人は、
田中の思想のうち、「戦後日本が、世界平和の使命を担う」という
ところだけ注目し、それがアインシュタインの日本びいきや、
平和主義とむすびついて、田中智学のもともとの「予言」とは、
まったく異なる文脈で、知られるようになったのではないか?
さきのコラムで、中澤英雄氏はこのように推測しています。

ところで、天皇制の熱心な支持者や、国粋主義の強い人になると、
あたまの中に入って行きやすいのか、「アインシュタインの予言」を、
信じてしまうかたが、いまでもたくさんいたりします。
とくに最近では、女性天皇や、女系天皇に反対したい人たちが、
リバイバル的に話題にすることが、多くなっています。

ご存知のように、日本の皇室は、40年ほど男子が産まれず、
このままではお世継ぎがなく、断絶しそうな状況でした。
そこで、皇室典範を改正して、女性天皇を認めるために、
「皇室典範に関する有識者会議」が、開かれるようになっていました。
国粋主義者たちは、女帝も女系もいっさい認めないのが、
「日本の伝統」だと信じているので、それを正当化するために、
「アインシュタインの予言」を利用することがあるのでした。

たとえば、産経新聞は、2005年1月27日の『産経抄』で、
この「予言」を引用して、男系天皇の維持をするべきと書いています。
また平沼赳夫氏という、ナショナリズムの強い国会議員も、
「アインシュタインも認めた世界の宝」と言って、
『正論』の2006年2月号で紹介して、女系天皇に反対を唱えています。


2006年になると、小泉純一郎首相(当時)が、
皇室典範の改正に積極的になったので、有識者会議は活発となり、
女帝や女系を認めることが、現実的になってきました。
これを受けて、『文芸春秋』の2006年4月号では、
「『この国のかたち』を壊すのは誰だ」というタイトルで、
さきの平沼赳夫議員と、『国家の品格』の著者である、
藤原正彦氏の対談が載せられました。

この中で、藤原正彦氏は、つぎのように語っていますが、
「アインシュタインの予言」のことを指しているのは、あきらかでしょう。
「天才中の天才は本質を見抜く」などと、べた褒めしていて、
そのビリーバーぶりがうかがえると思います。
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大正11年に、アインシュタインが来日して伊勢神宮にお参りしました。
その時、彼は、「明治以来の日本の奇跡は、
万世一系の天皇を仰いでいるせいだ」と喝破しています。
そして「日本という素晴らしい国を地球上に
生んでくれた神様に感謝したい」とまで言っているのです。
やはり天才中の天才は本質を見抜く。
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藤原正彦氏は、数学者ですから、一般の人たちへの影響は、
かなりありそうですし、彼の科学史に対するこの理解は、
問題視したほうがいいかもしれないです。
もっとも、一般の科学者や数学者は、科学史、数学史に、
かならずしもくわしくないのがふつうでしょうし、
「分野が少し違えば、専門家と言えどもしろうと同然」の、
見本だと言ってしまえば、それまでかもしれないです。

2006年の6月ごろになると、紀子さまが待望のお世継ぎを、
産んでくれそうだというので、インターネットを中心に、
またまた「予言」が、取りざたされることがありました。
インターネットのビリーバーたちは、中澤英雄氏の検証を否定し、
雑誌『改造』に、「予言」が載せられている、などと主張します。

こうした状況を問題視して、そんなことを言うのならと、
図書館へ行って、『改造』を実際に調べたかたが、いらっしゃりました。
つぎのウェブログで、その結果が述べられているので、
ぜひご覧になるといいと思います。
「アインシュタインの予言について」
http://alberteinstein.seesaa.net/

雑誌『改造』は、アインシュタインの日本への講演旅行を、
企画したことがあり、1922年11月に、来日してもらっています。
そして、1922年12月号で、アインシュタイン来日を記念して、
「アインスタイン号」という特集を組んでいました。
また、1923年1月号には、『日本における私の印象』という、
アインシュタインに書いていただいたエッセイを発表しています。
(このエッセイの一部は、さきの中澤氏の検証で引用されている。)

ところが、これらの記事の中には、「アインシュタインの予言」
とされる文章は、まったく出てこないのです。
それ以降の『改造』も、アインシュタインに関する記事が
載ったことはありましたが、肝心の「予言」はありませんでした。


反証されたビリーバーさんは、「小さな記事だから目立たない」とか、
「来日の翌年の号に載った」とか、反論し続けていました。
そんなことより、「予言」が載せられたという正確な号巻を
言えばいいと思うのですが、なぜか言わないようです。
そのうちに、めったに増刷しないのに、「レアな増刷版にある」とか、
読者の投書コーナーなんてないのに、投書コーナーがあるとか
言ったりして、だんだんとあやしくなってきます。

自分だけが持っている増刷版にあるというのなら、
そんな強弁ばかりしていないで、当該記事をコピーして、
ウェブログにアップロードすればいいと思います。
雑誌『改造』の、アインシュタイン講演の記事の見出しをコピーして、
ブログに載せているくらいですし、なんでもないことのはずですが、
なぜそれをしないのでしょう?

ついには、「いい話なんだからほっとけよ。・・・です」とか、
「いい話なんだからいいじゃないの?」などと、開き直ったように
言うのですが、これがくだんのビリーバーさんの本性みたいですね。

謝辞

田中智学の思想に関して、不正確と思われるところを書き直しました。
ウェブログのコメント欄で、ご指摘してくださった、
長谷川@望夢楼さま、ありがとうございます。

平沼赳夫議員が、みずから「予言」を引用している
『正論』06年2月号の記事を、コメント欄で教えてくださった、
kojitakenさま、ありがとうございます。

参考文献、資料
  • 「アインシュタインの予言」
    http://www.aiweb.or.jp/en-naka/column-5/column.htm
    清水馨八郎著の『「日本文明」の真価』から採ったとされる、
    アインシュタインの予言が載せられている。
    なぜか、名古屋水産卸協同組合のサイトにある。
  • もっと休むに似ている
    「アイソツュタイソの予言」
    最近のウェブの議論も含めた、「予言」関係のリンクが集められている。
    「予言」成立のプロセスも、簡単にまとめられている。
  • アインシュタインの予言について
    http://alberteinstein.seesaa.net/
    『改造』に「予言」が出ているのか、実際に検証している。
    大きな図書館へ行けば、各人で直接確かめることができるので、
    お時間と興味のあるかたは、調べてみるとよいでしょう。

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