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林道義氏の進化論(5)
そして優生学思想へ
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かくして、林道義氏は、トンデモな遺伝や進化の理解で、
「父性」や「母性」を、遺伝させていることになります。
これは、自分の家族観やジェンダー観の正当化であり、
大勢の人たちが、これに従って生活させることに、ほかならないです。

「父性」や「母性」が、「生物学的に遺伝する」と言えば、
さからいようがないと思われて、他人を従わせやすくなります。
また、「父性」や「母性」に反対して、独自の生きかたを
模索する人たちには、「遺伝だから変えられない」とか、
「本能を破壊する」とか言えば、批判を封じやすくなります。


ところで、「母性」や「父性」が、不健全になったのが、
遺伝が原因だというなら、病気を起こす遺伝子を取り除くことも、
現代の医療技術、遺伝子工学技術なら、できるようになっています。
また、心理的な症状でしたら、カウンセリングもありますし、
ホルモン投与のような、医薬品による治療も考えられます。

ところが、林道義センセイは、このような、
医学的な「治療法」の議論をすることは、なぜかないのです。
『父性の復権』という本は、健全な父性にもとずく家庭教育は、
どうあるべきかという、教育論を延々と述べているのです。

本当に変えられない「遺伝」であれば、トイレに行ったり、
眠くなったりすることと、おなじくらいあたりまえのことでしょう。
学習などさせなくても、ひとりでに維持できるはずです。
「語るに落ちる」というか、ひたすら教育を語るというのは、
「生物学的基盤」と言いながら、じつはイデオロギーにすぎないという、
馬脚を現わしていると、わたしは思います。

ところが、前のページで見たように、林道義氏は、
多数の個体による経験が、遺伝子となって取り込まれるとか、
適応したい意志があって進化するとか、まじめに信じている人です。
それゆえ、教育の力で解決できると、本気で思っていて、
「馬脚を現わしている」ことが、理解すらできないのだと思います。

さらに言えば、こうした考えを推し進めていくと、
「母性」「父性」の欠如した人間は、遺伝的に劣っているから、
人類という種を健全に保つために、取り除く必要がある、
という「優生学思想」へおちていく危険があります。

たとえば、アメリカ合衆国や、スウェーデンでかつてなされた、
知能が低い(と決められた)人に不妊手術を強制する「断種」は、
こうした考えを、突き詰めた結果だったのでした。
そのむかし、知能は遺伝すると信じられていました。
それで、精神薄弱の遺伝子を除くことが、
人類の知的水準を保つ上で、このましいと思われていたのでした。


林氏の考えが、こうした危険をはらんでいることは、
『道義リンクス』のひょみ氏も、つぎのように指摘しています。
http://www.ne.jp/asahi/hyo/tadaon/michilyn/reviews/fusei.html
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ついでに言ってしまうと、進化論をこのような社会行動
(動物行動学も含め)に適用することが、骨相学〜犯罪人類学などと結びつき、
のちにナチズムを支える優生学思想を生んだ
と(い)うことは覚えておいていいと思います。

ここで展開されているのは、社会ダーウィニズムの焼き直しであり、
その先に連なっているのは選別・差別の思想です。
ここから、「父性/母性の欠如した男性/女性は、遺伝的に劣った存在である」
などという民族浄化まがいの言説までは、あと一歩です。
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林道義氏は、このように言われたことが、とても不満なようです。
「4 「社会ダーウィニズム」というレッテル貼りはファッショ的である」
というタイトルの節で、つぎのように反論しています。
http://www007.upp.so-net.ne.jp/rindou/fusei4.html
========
この部分は暴論を通りこして、どちらがファシストかと
言いたくなるほどの、言葉の暴力と言うべきである。
まさに「風が吹くと桶屋が儲かる」式のこじつけを、しかも何回も繰り返して、
その結果私がナチズムやファシズムときわめて近い位置にいる
(「あと一歩」)と印象づけようとしている。

私は進化論を社会行動に適用などしていないし、
骨相学〜犯罪人類学と結びつけてもいないし、
「のちにナチズムを支える」優生学思想を生みだしてもいないし、
もちろんそのような可能性は皆無である。
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ヒトラー・ナチスの、優生学思想の根拠となったものは、
ご存知のように、「北方人種優越論」です。
アメリカ合衆国が、第一次世界大戦に従軍させる際、
将校と兵卒のどちら向きかを判定するため、知能検査を使いました。
このとき、アングロサクソン系が、知能が高い結果になりました。
これが「北方人種優越論」のもとになった研究です。(注1)

これをもとにして、「アーリア人種は知能が高い」と主張し、
「ユダヤ系の知能の低い遺伝子が混じるから、
ドイツ人の知能が劣化する」と考えて、ニュルンベルク法から、
「夜と霧」の悪夢にいたることになったのでした。
ようするに、ナチスによる一連のユダヤ人迫害は、
「ユダヤ民族の遺伝子の根絶」が、目的だったとも言えます。


林道義氏は、母性や父性の「遺伝子」を持つ人間が、
「健全だ」と言うのですから、選別と排除の前段階である、
遺伝子による人間の優劣は、主張していることになります。
そして、このさきに、優生学的な排除がつながっていること、
(過去につながったことがあること)は、レッテル貼りでも、
ことばの暴力でもなんでもない、まごうことなき事実です。

林道義氏ご自身は、学校や家庭の教育で、
解決するつもりでいて、父性や母性の欠如した人たちの、
選別や排除までは、たしかに主張していないようです。
しかし、林道義氏の影響を受けた人たちが、
父性や母性の欠如した「遺伝子の根絶」を主張して、
優生学的な排除に向かう可能性は、じゅうぶんあるでしょう。

あるいは、ナチスがなにをしたのか、優生学思想はなんなのか、
林センセイは本当に、ご存知ないのかもしれないです。
しかし、こうした無知や無理解によるナイーブさもまた、
危険であることは、言うまでもないでしょう。

  • (注1)
    一般に知能検査は、作った人の常識がまともに影響します。
    アメリカ合衆国の建国は、白人・アングロサクソン系の
    人たちが中心でしたから、知能検査問題は、
    彼らの常識が、強く反映されたことが考えられます。
    また、アングロサクソン系の住民は、もともと英語を話すものが多く、
    言語的にも問題を解くのに有利だったと言えます。

    くだんの知能検査は、もともとアングロサクソン系に、
    有利だったのであり、彼らの知能が高いと診断されるのは、
    ある意味当然だったと言えます。

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