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集団妄想(集団ヒステリー)

集団妄想とは?
「集団妄想(集団ヒステリー)」という、群集心理があります。
これは、特定の集団の人たちが、強いストレスや不安に
さらされ続けることで、その集団の中の人たちが、
同時にパニックに陥ったり、同じ妄想を信じこんだりすることです。
状況によっては、トランス状態におちいることもあります。

ストレスや不安を引き起こしている、目の前の現象に対して、
通常では説明できない超常現象が起きたと確信され、
オカルトや、疑似科学的、都市伝説的説明がなされます。
さらに、ストレスを解消するために、その確信にもとづいて、
その人たちが、いっせいに異常な行動に出ることがあります。
妄想を裏付ける事実はないので、たいていは、さほど時間がたたずに、
現実に突き当たって、妄想から覚めることが多いです。

ストレスの原因としては、戦争、悪天候、不作、不況、
疫病、敵対勢力による圧迫などが、考えられるでしょう。
世界観が対立するなど、時代の危機的状況が多いです。
集団の範囲は、ひとつの建物を共有する人たちから、
ひとつの国家で暮らす人たち全体にまで、およんでいることがあります。

自然発生的な集団妄想も、すくなからずありますが、
集団の中に、「カリスマ」にあたる人物がいると、
全体をひきいるカリスマと、それに追従する信者たちという
図式ができあがって、集団妄想が強化されやすくなります。
また、周囲に影響されやすい集団ほど、かかりやすく、
おとなより子どものほうが、集団妄想におちいりやすい傾向があります。


集団妄想におちいった人たちは、現実から解離した虚構を、
確信していて、非論理的な解決をはかろうとしますから、
往々にして危険な行動に出て、周囲に莫大な被害をもたらしたり、
あるいは自分自身に、大いなる悲劇を招いたりします。

また「スケープゴート」を作って、それを攻撃することもあります。
これは責任を転嫁しやすい、わかりやすい存在だったり、
社会的弱者であることが多く、標的にされた人たちは、
妄想による濡れ衣を着せられて、深刻な被害を受けることになります。

妄想から覚めて、日常に帰ってくると、
それまで自分たちが引き起こした、惨事や悲劇について反省したり、
責任を取ったりすることは、残念ながらきわめてまれなようです。
往々にして、すべてを「なかった」ことにして、
無視黙殺を決め込むのが、相場となっています。

集団妄想の例
日本で、わりあい最近起きた集団妄想で、
有名なものとして、「岐阜の幽霊住宅」があるでしょう。
アパートで怪しい音が生じるのは、幽霊のせいとして、
除霊のためのお払いをしそうになるところまで発展しました。
周辺の住民の反対を押し切って建てられた、アパートだったらしく、
周辺の住民とアパートの住人とのあいだで、確執も多かったようです。
それでアパートの住人に、ストレスがたまっていたのでしょう。

それから、これをご覧のかたも、よくご存知だと思いますが、
「口裂け女」も、集団妄想のひとつと言えるでしょう。
「口裂け女」を信じたのは、子どもたちだけでしたが、
これは、おとなより子どものほうが、集団妄想に
おちいりやすいことを、しめしているとも言えます。

ほかには、「こっくりさん」という、子どもの遊びがあります。
ゲームをしているうちに、恐怖からしだいに興奮してきて、
トランス状態におちいり、不可解な動作や行動に出るというものです。
この精神障害は、たいてい一過性ですが、それでもかなり危険があります。
小中学生で、これをご覧になっている人がいましたら、
「こっくりさん」は、あまりなさらないことをお勧めします。

もっと規模の大きい集団妄想としては、時代が古くなりますが、
関東大震災のときの、朝鮮人に対する虐殺があります。
地震で街が崩壊して、強いストレスにさらされたところへ、
ふだんから朝鮮人を蔑視していることに対する、
疑心暗鬼が重なって、「朝鮮人が井戸に毒を入れた」
のようなデマを、信じやすくなっていたのでした。


国家規模で起きた例としては、アメリカ合衆国で話題になった
「キャトル・ミューティレーション」があるでしょう。
大量の家畜がとつぜんいっせいに死ぬという事件です。
しかも、眼や陰部などがえぐられていて、宗教団体の儀式だとか、
はては宇宙人による虐待だとまで、言われたことがありました。

じつは家畜は、毒草を食べて死んだのであり、肉食の野鳥などが、
眼や陰部など、やわらかいところを食べたのでした。
これは10年くらい続いた、息の長い集団妄想だったのですが、
マスメディアが、うわさの伝播や持続に、大きな役割を演じたことが、
妄想が長続きした原因のひとつとされています。

中世ドイツの集団妄想
ドイツは、他国とくらべて群を抜いて頻繁に、集団妄想が起きた国でした。
これは簡単に言うと、気候がきびしいため、土着の宗教に
厳格な神さまが多い風土に加えて、禁欲的なキリスト教が、
中世以来入りこんで、社会がストレスを解消しにくくなり、
溜め込みやすくなったからと、されるようです。

13-14世紀になって、中世の経済成長が停滞し、
作物が不作や害虫に見舞われたり、追い討ちをかけるように、
ペストなどの疫病がはやったりすると、社会のストレスが
増大することになって、集団妄想が頻発するようになります。

13世紀のはじめの、「子ども十字軍」は、その典型でしょう。
「神さまの啓示」を受けた子がリーダーとなって、
ほかの子たちを率いて、エルサレムへ向かうというのは、
カリスマと、それに追従する信者たちという、
集団妄想の典型的なパターンになっています。

また、子どものほうが、時代の影響を受けやすく
集団妄想におちいりやすいことの、例とも言えるでしょう。
「子ども十字軍」は、他人に危害を与えることはなかったですが、
その向こう見ずさゆえに、悲劇の末路をたどったことは、
西洋史にくわしいかたなら、ご存知だと思います。


また、お祭りの日に開放的な気分になると、
その興奮から、トランス状態におちいることも、よくありました。
とくにダンスを踊っている最中に、かかることが
多かったので、「舞踏病」と言われています。

「舞踏病」の陶酔におちいると、何時間も激しく踊りながら動き回り、
疲れ果てて倒れる、というパターンが多くなっています。
動きが止まっても、痙攣が残ったり、死んでしまう人もいました。
また止まることができずに、橋から落ちて溺れ死ぬこともありました。

ほかにも、マゾヒズム的な懺悔を、公衆の眼前で行なう
「むち打ち苦行」がはやったり、大衆の熱狂を受けたカリスマが、
独善的で、恣意的な裁判を行なう、「異端審問」などがありました。
夏祭りの日に、放浪芸人の笛につれられて、子どもたちが消えてしまう、
「ハーメルンの笛吹き」も、このころ起きた事件です。

また、13-14世紀の、立て続けに起きた災害は、
ユダヤ人に対する、根拠のないデマが横行することになり、
あちこちでユダヤ人への迫害(「ポグロム」)が相次ぎました。
ユダヤ人は、ヨーロッパ社会において、アウトサイダーとして、
人びとの不満が噴出するたびに、「スケープゴート」だったのは、
これをご覧のみなさまも、よくご存知のことと思います。

「魔女狩り」と「夜と霧」
16-17世紀は、近世最大の集団妄想である、「魔女狩り」が荒れ狂います。
これはおもに、女性が標的でしたが、13-14世紀のポグロムで、
ユダヤ人の数が減っていたため、べつの社会的弱者である
女性が「スケープゴート」とされたのでした。

「魔女狩り」は、作物の不作がめだった北部ほど多く、
社会不安がストレスとなったことを、うかがうことができます。
魔女の摘発には、うわさや密告がさかんに使われ、
これらは、不安とストレスの増幅も、役に立ちましたが、
情報の伝達が、妄想の持続に重要な役割を、はたしていると言えます。

また、大都市や大きな藩では「魔女狩り」は、わりあい少なく、
素朴に魔女が信じられていた、小都市や農村で多く発生しました。
これは、このころのドイツは、国内の藩が独立国並みに分裂していて、
情報がローカルになりやすかったこともあります。
中央集権が進んで、情報が全国に行きわたりやすく、
その中央のパリ議会が冷静だったので、魔女狩りがあまりなかった、
フランスと、対照的だったと言えるでしょう。


ヒトラー・ナチスによる、「夜と霧」の悪夢は、
世界史上、最大にして最悪の集団妄想でもあるでしょう。
ワイマール共和国時代の、未曾有の大不況はじめとして、
社会全体が混沌として、不安を増していたところへ、
アドルフ・ヒトラーという強烈なカリスマが現れたのでした。

そのあとは、みなさんもよくご存知のように、
行き詰まった社会の解決策として、周辺国に戦争をしかけ、
また社会が混乱をきたすのは、ユダヤ人のせいであるとして、
強制収容所を作り、国家規模でユダヤ人を抹殺にかかります。

また、ナチス政権は、情報の重要性に眼を付け、
戦略的かつ積極的にメディアを利用して、プロパガンダを
行なったことも、ご存知のかたは多いでしょう。
人びとが現実に突き当たって、妄想から覚めることがなく、
「ヒトラー・カルト」が、わりあい長続きした理由には、
ナチス政権の情報操作が、かなりうまくいっていたこともあります。
ドイツ国民が妄想から覚めるのが、戦争が終わってようやくのことでした。

市民活動の集団妄想
政治活動を行なう市民団体も、ときに集団妄想ではないかと
思われる心理に、とりつかれることがあると、わたしは思います。

政治活動は、強い意志がないと続かないので、
ある方向に思いつめる必要があるため、
自分たちの正当性に対して、確信を強く持つようになります。
また政治団体は、特定の思想のもとに人間が集まるので、
集団内の均一性が高いですし、組織が閉じがちなので、
異論が入りにくく、確信が妄想に変わりやすくなります。

わたしが、直接間接に見てきた、政治活動団体で、
集団妄想におちいっていたと思えるものを、ご紹介しておきます。

[1] 「集団妄想のなれのはて」
インターネットで活動していた、選択別姓の市民団体。
カリスマとそれに追従する信者たちという、典型的なかたちになっています。

[2] 「反対派の集団妄想」
選択別姓に反対する宗教系の政治団体。
国会議員に大量にFAXを送るさまが、狂信的と言えます。

参考文献、資料
  • 『魔女とカルトのドイツ史』 浜本隆志著、講談社現代新書
    集団妄想について一通りのことが書かれた、とてもよい本。
    わたしは、集団妄想についての理解を、これでだいぶ広げましたよ。
    このページを大幅に書き直したくなったのも、この本を読んだのもあります。
  • 『ハインズ博士 「超科学」をきる』 テレンス・ハインズ著、井山弘幸訳、化学同人
    336-339ページの「集団妄想のワナ」というセクションで、
    キャトル・ミューティレーションなど、
    アメリカの事例がいくつか紹介されています。

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