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断定的な父性の推定

母子関係は出産によって、ほぼ確実にわかりますが、
父子関係はかならずしも、わからないことがあります。
そこで、そうしたときでも、法的な父子関係を決めるために、
民法には、「父性の推定」の規定が、設けられています。

子の福祉のためには、わからないからと言って、
いつまでも父親を決めないわけにいかないですから、
なんらかの方法で決めて、戸籍に身分登録するいうことです。
推定で決まった父親は、生物学的な実父の可能性が高いと思われる、
というだけで、実際に実父とはかぎらないですよ。


あくまで、「推定」ですので、実の父でないという、
じゅうぶんな反証があれば、そちらが採用されるのが本来です。
ところが、日本の場合、おうおうにして、
「父性の推定」のはずが、「父性の断定」として運用されるのでした。

日本の民法では、離婚後300日以内に産まれた子どもは、
前の夫の子と推定され、戸籍に登録されます。
ところが離婚の前から、前夫とはずっと別居で接触がなかったなど、
あきらかに再婚した夫の子だとわかるときでも、
離婚後300日以内であれば、お役所の窓口では、
現在の夫の子として戸籍を作ろうは、なかなかしないことが多いです。

たとえば、医師による懐胎時期の証明書などで、
父性の推定に反証しても、出生届けを受け付けない窓口が多く、
あくまで前の夫の子と「断定」するのが一般的です。
前夫の子とすることを拒否すれば、出生届けは受理されないので、
子どもはどこにも身分登録されず、戸籍がないことになります。


09年2月に、離婚後300日以内に産まれた子の認知調停の際、
ある裁判所では、DNA鑑定の準備までさせられたあげく、
一方的に取り下げられたのに、べつの裁判所へ行ったら、
鑑定なしで認められるという事件がありました。
「「無戸籍の子」、裁判官が調停回避 別の家裁は「認知」」

これは極端な例ですが、裁判所の裁量によって、
判断に「あたりはずれ」があることはたしかで、
法のもとの平等にも、抵触しかねない事態になっています。
これは「推定」が、本当は「断定」でないとわかっているか、
「断定」と扱う運用実態を取り入れているかの判断が、
裁判所によって、大きく異なるのではないかと思います。

この認知調停もそうですが、父性の推定の議論がなされると、
しばしば「DNA鑑定を認めるか」、というお話が出てきます。
それで「親子鑑定イコールDNA鑑定」のようなイメージですが、
生物学的な親子関係の証明は、DNA鑑定だけというのではないです。
その前に、法的な親子は、生活実態が優先されることがあり、
かならずしも生物学的な親子と決まってはいないものです。

生物学的な親子の証明として、もっとも確実ではあるが、
大がかりな鑑定方法のことが、取りざたされるのは、
父性の推定はそれだけ絶対的であり、反証したければ、
かなり強い証拠を出せという、社会通念があることだと思います。


外国にも父権の推定はありますが、日本ほど硬直してはいないです。
実際の生活がどうなっているかが、ずっと尊重されますし、
また反証のための根拠も、さまざまなものが認められています。
たとえば、日本の民法が手本にしたと言われる
フランスの家族法では、法的に離婚していなくても、
別居後300日以後の出産であれば、夫が子の父としては、
身分登録されないようになっています。

また日本では、推定された父子関係の否認ができるのは、
原則として前の夫だけですが(注1)、フランスでは、
母親や子どもにも、父子関係の否認をする権利があります。
これは、子どもの実の父親がだれなのかを、
よく知っているであろう、母親の意志を尊重したものです。

カンボジアの民法も、日本の民法に習って作られたので、
離婚後300日以内に産まれた子は、前夫の子と推定される規定があります。
しかし、わかれた女性が再婚しているときは、
例外として、再婚した夫の子として推定されます。
生活の実態を考えれば、前の夫よりも、現在の夫の子のほうが、
可能性が高いという、ごく自然な判断によるものです。

日本の民法は、女性が再婚していても、前夫や現在の夫が、
どんな生活をしていても、杓子定規に前夫の子という推定が働きます。
おそらくこの規定は、理不尽と判断したのでしょう、
カンボジア民法では、取り入れなかったようです。

(注1)
08年6月の通達により、医師の証明書で、
懐胎時期が離婚後とわかるときにかぎり、
離婚後300以内の出産であっても、前夫による父子関係の否認なしに、
実の父の子として、認知できるようになりました。
リンクした2月1日の毎日新聞で紹介した、
裁判所によって判断にばらつきが出たという認知調停は、
この通達により認められたものです。

参考文献

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