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家族思想信仰における「異教徒」


信仰としての家族思想 「改宗」を迫る別姓反対派

家族思想信仰は一種の宗教と呼べるものなので、
「異教徒」とされる存在があることになります。
それは彼らの「経典」である、民法・戸籍法や「標準家族思想」で
定められた「正しい家族」に当てはまらない家族形態です。

具体的には、夫婦別姓、事実婚夫婦、同性結婚、婚外子、
単身者(非婚主義)、ひとり親家庭、子どものいない家庭、
妻が働いている(専業主婦でない)家庭などがあります。


家族思想信仰にもとづいた家族を持つ自由はあるし、
隣人に「異教徒」が存在することによって
その自由が妨害されるということはないです。
よって家族思想信仰の人たちも、「異教徒」の家族を持つ自由に
干渉しなければいいだろうと思うところです。

ところが家族思想信仰の信者はそうは考えないです。
彼らはいわば「原理主義者(ファンダメンタリスト)」であり、
「異教徒」は自分たちとの共存を許してはならず、
すべて撲滅しなければならないと考えています。

家族思想信仰の信者は、すべての社会の成員が「信仰」に
もとづいた家族を持ったとき、家族に関係する諸問題は解決され、
社会や国家が安定すると信じているからです。
そして「異教徒」とは問題家庭となる可能性が高く
社会や国家の秩序を乱す恐れがあるので、
排斥しなければならないと信じてもいるからです。


家族思想信仰の信者たちが、「異教徒」を迫害する手段は、
ひとつは直接的に「改宗」を迫ることがあります。
それがうまくいかない「異教徒」に対しては、
ひたすら存在を「なかった」ことにしていきます。
「改宗か黙殺か」の二者択一をつきつけるということです。

異教徒に改宗を迫る信者
「家族思想信仰」の信者は「異教徒」を見たとき、
可能であれば自分たちの「信仰」への「改宗」を迫ってきます。

夫婦別姓の希望者、もっと厳密には女性で非改姓結婚を
望んでいるかたは、しばしば「改宗」の圧力をかけられます。
ようは「夫婦は同姓であるべきだ」「女は結婚改姓するべきだ」と、
まわりから圧力をかけられるということです。


「信者」が「異教徒」を恫喝する手立ては枚挙にいとまがないです。
「夫婦同姓でないと一体感がない」「離婚しやすい」とか
「名字が違うと子どもがかわいそう」「いじめられる」とか、
「異教徒」の家庭は崩壊しやすいと、根拠もなく脅してきます。

「結婚とはなにか」について、「家族思想信仰」の「教義」を
長ながと説教する、「修道僧」の代わりをする人もいます。
「女は結婚して改姓するのが嬉しいはずだ」とか、
「改姓しないのは相手の男性を愛してないからだ」とか、
「敬虔な女性」の「あるべき姿」を説く人もいます。

そこまであたまの回らない「信者」は、もっと短絡的に、
夫婦別姓を希望することを「わがままだ」「身勝手」だと
決めつけてきたり、「夫婦同姓が当たり前でふつうだ」
「結婚とはそういうものだ」と言ったりします。
「異教徒=悪」「信者=まっとう」という単純な図式の表明です。


こうしたことは、自分の利益と関係ない
他人の個人的なことに対して、異様なまでに
干渉することになるのは言わずもがなです。
ところが「改宗」を迫る「信者」たちは、そうは考えないのでした。


前述のように「信者」たちは、社会のすべての構成員が
「教徒」となったとき家族問題は解決され
社会は安定すると信じていて、そのために「異教徒」は
撲滅しなければならないと考えるからです。

さらに「家族思想信仰」の「信者」たちは、
「異教徒」を自分たちの仲間に引き戻すことが、
その人のためでもあると信じてもいます。
「信者」たちは、自分は「清く正しいこと」をしていると、
確信犯的に信じているということです。

異教徒の存在を黙殺する信者
「家族思想信仰」の信者は、改宗が困難な「異教徒」に対しては、
存在をひたすら無視し、「いない」ことにしようとします。

「サザエさんに見る日本の“家族信仰”は異常 
『シングルマザーの貧困』著者が語る、標準以外を無視する社会」

目に見える形で迫害されるのではなく、ひたすら存在を無視されるんです。 この国は標準世帯以外の人たちを見捨てることによって、 美しい家族像の純粋性を守ってきました。
このような考えの人たちが意思決定の場を占めると、 社会制度や社会保障も「信仰」に当てはまる 「標準家族」だけが存在するという前提で作られます。 「いない」ことにしている「異教徒」を 社会制度や社会保障から締め出すことになります。 夫婦別姓のために事実婚や通称使用をしていると、 資格の名義や金融関係で制限が多く、不便をきたすことが多いです。 これも夫婦別姓という「異教徒」を「いない」ことにしていて、 公的制度から締め出していると考えることもできます。 このやりかたで迫害されることが多いのはひとり親家庭です。 「眼に見えるかたちで迫害しないからたいしたことない」と 言ってのける人もいるのかもしれないです。 「信者」たちの「迫害」の結果は、ひとり親家庭の賃金格差や 子どもの貧困率に、歴然と現れることになります。 「母子家庭の年収分布」 日本は、ひとり親家庭の母親は働いていないより働いているほうが 子どもの貧困率が高くなるという、逆転現象が起きている 唯一の国という、きわだった特徴があります。 これも「異教徒迫害」の結果であると言えるでしょう。 「一人親世帯の子どもの貧困率」 一人親世帯の子どもの貧困率(2008年) 2014年6月に任天堂の『トモダチコレクション』というゲームで、 同性結婚ができないことが抗議されたのでした。 このときの任天堂の釈明が、同性愛者を登場させないのは 「社会的な見解を表現しないから」「日本では問題に なっていないから」といったことだったのでした。 「同性愛者のいない世界」 このゲームのデザイナーも日本的な「家族思想信仰」に 感化されていて、「同性愛者」という「異教徒」は 「存在しない」という意識になっているのではないかと思います。 それで「同性愛者のいない世界を描くのが非政治的」とか、 「日本で問題になってない」とか言えるのだろうと思います。

参考資料

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